2019年05月07日

第三次ハリコフ攻防戦 1943年1月 第ISS装甲軍団(第1SS装甲師団 第2SS装甲師団 第3SS装甲師団)


第三次ハリコフ攻防戦 第ISS装甲軍団
(第1SS装甲師団 第2SS装甲師団 第3SS装甲師団)

http://www.youtube.com/watch?v=LGW9v04ZxGQ


第ISS装甲軍団(SS PANZER KORPS)
第1SS装甲師団 ライプシュタンダルテ・SS・アドルフ・ヒトラー(1.SS-Panzer-Division Leibstandarte SS Adolf Hitler)
第2SS装甲師団 ダス・ライヒ(2.SS-Panzer-Division Das Reich)
第3SS装甲師団 トーテンコプフ(3.SS-Panzer-Division Totenkopf)

第三次ハリコフ攻防戦
第三次ハリコフ攻防戦は、1943年1月から3月まで、ハリコフを中心にウクライナで行われたドイツ軍と赤軍との戦闘。
ソ連軍の大攻勢に対して、ドイツ軍はマンシュタインの機動防御戦による反撃により東部戦線南部は崩壊を免れた。「マンシュタインのバックハンドブロウ(後手からの一撃)」の異名を取り、機動防御戦の教科書として戦史上極めて重要な戦闘の一つに数えられている。
ドイツ軍は、ウクライナの解放を目指すソ連ヴォロネジ方面軍・南西方面軍・南方面軍の大攻勢に押し込まれたが、反撃に成功しクルスクを中心としたソ連側の突出部が形成された。
第ISS装甲軍団は第1SS装甲師団、第2SS装甲師団、第3SS装甲師団から構成されていた。
SSの師団は一般的には他の師団より状態が良く、150台の戦車と自走砲大隊を持ち、歩兵と偵察部隊はトラックにより自動化され、19,000名の編成で構成されていた。この時、ドイツ戦車の大半が未だにIII号戦車とIV号戦車によって構成されていたが、第2SS装甲師団にはティーガーIが配備された。
SS装甲軍団はパウル・ハウサー将軍によって指揮されていた。ハウサーは第3SS装甲師団の指揮官でもあった。

posted by Idol-Net21 at 17:33| Military