2019年05月07日

SS第101重戦車大隊(ティーガーI型重戦車大隊 SS第1装甲師団) Schwere SS-Panzer-Abteilung 101


SS第101重戦車大隊(ティーガーI型重戦車大隊 SS第1装甲師団)
Schwere SS-Panzer-Abteilung 101
1.SS-Panzer-Division Leibstandarte SS Adolf Hitler
1944年 フランス
フランス撤退戦において戦車部隊は大隊長ミハエル・ヴィットマンを含め全滅。
SS第501重戦車大隊に名称変更し、再編成するもその後のアルデンヌの戦い、春の目覚め作戦で壊滅。
映像の最初に出てくる007号車は大隊長ミハエル・ヴィットマンの最期の写真。

編成
戦車45両(3個中隊)

中隊の定数はティーガー14両(中隊本部2両、3個小隊各4両)、各大隊には3個中隊に本部中隊3両を加えた計45両
随伴車両 約270両(装甲兵員輸送車 対空車両など)


http://www.youtube.com/watch?v=j_Sw2Lru5eA


SS第101重戦車大隊(SS第1装甲師団) Schwere SS-Panzer-Abteilung 101
SS第101重戦車大隊は、武装親衛隊のSS第1装甲師団に配属された重戦車大隊である。主にティーガーI重戦車を装備していた。ノルマンディー上陸作戦直後のヴィレル・ボカージュの戦いにおいて、第2中隊長ミハエル・ヴィットマンの活躍により連合軍戦車を圧倒した。

1943年7月19日編成
7月10日の連合軍のシチリア島上陸にともない、8月、SS第1装甲擲弾兵師団LSSAH(ライプシュタンダーテ・SS・アドルフ・ヒトラー)が東部戦線からイタリアへ送られ、SS第1装甲軍団SS重戦車大隊が配属された。イタリア降伏後、10月まで、LSSAHとともにイタリアにとどまった。
その後、東部戦線に移動し、SS第101重戦車大隊と改称。東部戦線でもLSSAHとともに戦い、1944年4月4日に、西部への帰還命令が下った。
1944年6月6日の連合軍のノルマンディー上陸後、6月12日、第101重戦車大隊の先鋒がノルマンディーの前線に到着し、6月末まで戦った。特にヴィレル・ボカージュの戦いでは大きな戦果を挙げた。7月、ティーガーIIへの再装備のため戦線から引き抜かれたが、8月の撤退戦ですべてのティーガーIを失った。
1944年9月9日、残存部隊が、練兵場での休息とティーガーUへの再装備を命じられた。(SS第501重戦車大隊に名称変更 1944年 - 1945年5月)

重戦車大隊(編成規模は他国の戦車連隊に匹敵)
第二次世界大戦中のドイツ国防軍で編成された重戦車による戦車大隊。陸軍または軍団直轄の独立部隊として編成され、ティーガーI、ティーガーII重戦車の大部分はこれらの独立重戦車大隊で集中運用された。初期には随伴の中戦車を含む編制であったが、後に重戦車のみの編制に改められた。

posted by Idol-Net21 at 17:30| Military